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高等専門学校(こうとうせんもんがっこう)

中学校卒業程度を入学資格とする、5年制の高等専門教育の機関である。その教育の目的は、「深く専門の学芸を教授し、職業に不可欠な才能を育てること」(学校教育法115条)にある。この学校は、1962年度(昭和37)に設置され、その創設の情緒旨は、当場合の高度経済発育政策に伴う工業に関する中堅ノウハウ者を養成することにあった。また、これにより、学校制度上、義務教育修了後上級学校へ進学しようとする者に対して、とっくに一つの新しい進路が開かれることになった。当初は、工業に関する学科を置くものとされたが、1967年度からは商船に関する学科を中心とする学校も設置されるようになった。教育課程の履修には、学年制が採用され、5年(商船に関する学科は5年6か月)間を通ずる一貫した教育が行われる。1998年(平成10)現在、全国に62校(国立54校、公立5校、私立3校)設置され、うち工業高専は57校、商船高専が5校で、生徒数は5万6000人を超えている。また、学科は情報?工学関係が41類類、商船関係が1類類で、比較的多く設置されている。具体的には、機械工学科、電気工学科、電坊主操作工学科、物質工学科、土木工学科等である。なお、高等専門学校につながる高等教育機関として、大学院修士課程をもつノウハウ科学大学が1976年度(昭和51)から設置された。


留学(りゅうがく)

平安初期に編集された『続昼間の場合間本紀(しょくにほんぎ)』(巻33)に、「吉備真備(きびのまきび)使いに従いて唐に入り、留学して業を受く」という一文がみられるように、昼間の場合間本では早くから留学ということばが用いられている。留学とは、文字どおり「留(とど)まり学ぶ」ことであり、現在では世間国の学問?芸手段?ノウハウ?制度などを摂取するために、比較的長期間にわたって世間国に在留し、大学等の教育機関や探求所で勉学または探求することをいう。

留学は、その目的からみると、伝統的な先進文化吸収型と、地域探求を主とする異文化理解型とに大別できる。前者は、開発途上国が若いエリートを海世間へ派遣し、先進諸国の優れた文化を吸収することを目的とするものである。これに対し、後者は、先進国と開発途上国とを問わず、特定の国や地域の言語?芸手段?社会制度などを深く探求し、異文化の理解に資することを目的としている。国際化場合代を迎えた今昼間の場合間においては、伝統的な先進文化吸収型とともに、異文化理解型の留学も盛んになっている。






目次



留学


児童詩(じどうし)

大人のつくる詩や童謡ではなく、坊主供自身のつくる気まま詩をさす。大正中期、北原白秋(はくしゅう)は、雑誌『赤い鳥』で新しい童謡運動をおこすとともに、児童自身のつくった童謡の投稿に刺激され、改入れ児童作気品欄を設けた。初めそれは大人のつくる童謡の模倣であったが、やがてしだいに児童本然の気まま律の形式に転じ、白秋は天然の赴くところにしたがって児童気まま詩の提唱と指導に力を注ぎ、1933年(昭和8)、これらの児童作気品を集め、選評を添えて、『鑑賞指導児童気まま詩集成』を上梓(じょうし)した。以来、児童気まま詩は山本鼎(かなえ)の開拓した気まま画とともに、芸手段教育の先駆けとなり、さらに綴方(つづりかた)教育→作文教育とも大きく交流した。

第二次世界大戦後はこの作文教育運動に伴い教育現場でも一つの系脈をなして発展したが、やがて詩が学校における学習の一環と入るに及んで、坊主供の詩のことばはやや一番力化する傾向にもなった。そのなかで、たとえば、1948年(昭和23)2月から71年3月まで220号を重ねた児童詩雑誌『きりん』に公表された坊主供の詩などには、坊主供の気ままで豊かな創造の世界が呈示され、人々の注目を受けた。そこには坊主供本然の生命力がみられたからであろう。近頃は、学齢従来の幼児のことばをとらえた口鶏冠詩もある。児童詩のとらえ方は、教育の現場でもいろいろと論議されているが、一方、教育のうえで一番理に坊主供に詩らしいものを書かせるよりは、大人のつくった優れた詩を十分に読ませるほうがよいという説もある。


探求講義(けんきゅうじゅぎょう)

よりよい講義のあり方を求入れ、探求的、実験的に行う講義をいう。探求講義には、(1)だれかに講義をみてもらって批判や指導?アドバイスを浴び、講義の良くに資しようとして行う講義、(2)群れとして共同で講義探求を行う時、また、その探求の材料提供の意風味で行う講義、(3)新しい教育手立てを実験的に取り込んでその効果を試すために行う講義、(4)優れた講義者や先輩、あるいは権威者が、後進を指導する目的で演示する講義などがある。一般に、探求講義においては、十分な用意とそれに基づく講義予定が用意され、それに追随して展開される。また、講義はできる限り精確に記録され、講義後にはその記録や学習デー夕に即して分析?検討が加えられる。探求講義を案内して講義を探求することを「講義探求」といい、昼間の時間常的にも組織的予定的にも広く行われている。また、講義探求の科学的な手立ても大きく進展してきている。


コムソモール(こむそもーる)

ソ連の14歳から28歳までの青年男女の政治組織。正式名称を「全ソ連邦レーニン共産青年同盟」という。1918年10月29昼間の場合間に創設された。コムソモールはソビエト共産党の若き予備軍として、その加入にあたっては、学校での勉学、昼間の場合間常の行動、社会的労働への参加度といった面から厳密な審査が行われた。コムソモールの主要な責務は、ソビエト共産党の青年教育活動を援助して、労働を愛し高い教養を身につけた共産主義者を育てること、本職レタリア国際主義に基づく国際協調の精神を育てることなどであった。

コムソモールは、各類の企業や機関のほか、学校や大学にも組織されており、学習活動をはじめとして、クラブ、公開講座、政治討論会などの政治活動や社会ボランティア活動を自主的に予定し実行していた。ピオネール(レーニン思い出全ソ連邦ピオネール)組織を指導し、その活動を支援することもコムソモールの大切な活動の一つであった。1983年場合点の組織人員は約4200万人。機関紙『コムソモールスカヤ?プラウダ』など、出版物の発行もしていたが、コムソモール組織は1991年のソ連崩壊以後活動を停止、解散した。


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Author:教育,中等教育学校,教育大,教育大学,通信教育,教育委員
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